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 地味に辛いよロンドン留学⑦ ダメな受験英語でできてます

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 私がロンドン留学を決めたのは語学能力を伸ばす為だった。が、費用を稼ぐ為に忙しく英語の勉強という準備を全くしていなかった夏休み最終日の中高生より酷い状態の私である。又、受験勉強の英語は頑張ったが当時の学習環境はあまりよろしくなかった。その為「マジで話せないのに留学してくるあんぽんたん」となってしまったひろぽんであった。

(初稿2024年5月27日)

目次

酒と泪と英語とおいら

当時の大学受験には英語のリスニングがなかったんだぜ 

 さて、私が留学するまで英語が得意でなおかつ英語で闘えるようになろうと志していたなどという事は今まで書いていないと思う。思いはするのだが、私は物忘れが本当に酷いので1月末にアップした「地味に辛いよロンドン留学⑥」から数か月ブロックエディターをつかわなかっただけで

「自分のサイトに管理者としてログインする方法が思い出せない」

状態になるレベルであり、危うくこのブログも終了する所であった。最終的には検索して大体思い出せたがワードプレスかSwellか知らんがアップデートをかけていて地味に使い方が変わっているのが嫌。年寄は保守的になるって本当だねえ。今の私はスマホを格安で機種編する事すらたじろぐレベルで老化が進んでいる。このペースならおむつを履かされる日も遠くない。

 どうでもいい話で一章の半分以上を使ってしまっているが、もともとどうでもいい文章しか書けぬ体質の私。いやだぜ、自分の進退がかかってしまうレベルの書類を作るのって。

 で、私が中高生をやっていたのは1980年代後半である。この頃、大学受験の英語とはリーディングとライティングに文法問題と単語問題であり、今の若い世代が強いられている

「リスニング」

はまだ導入されてなかった。

 無くて本当に良かったと思う。当方、まじめにコツコツ積み上げるのが苦手で直前の暗記で乗り切ってきていた。当時入手できる英語の音声教材はというと天下の
・「NHK英会話」があり、
・CD録音教材
・カセットテープの英語教材
・街の英会話教室
とアクセスするのにちょっと根気とマメさが要求され、こちらも正座して勉強させていただきますという感じで「特別感」があった。
ちなみに街の英会話教室(全国展開)だが一時期留学から帰ってきた友人が支店長というか教室の責任者をさせられており、それはそれはブラックだったという。

 NHK英会話でもきちんと聞き続ければ効果は出るというのに、中一の夏にはもう飽きて放り出してしまい、母に

「あんたも終わりじゃな」

と勝手に人生終了させられてしまうレベルの私である。どうせ授業でもたいしてやんないしテストにも出ないんだからとリスニング系の勉強は全くやらず、

「welcome….植えるコメ!」

などとカタカナ読みでなおかつ発音そのものが間違っていてもスペルが頭に入れば問題ナッシングで大学まで入ってしまえた。

いい時代というか、そういう教育を受けてきていないのでカタカナのジャパニーズイングリッシュしか使えない。単語と単語のお尻と頭の発音がくっつくリエゾンという概念もしらんしそんなもの聞く勉強なんかしていない。

 まんま「お受験英語」の見本みたいな代物になっていたが、それでも阪大に早慶は受かるのだから当時はそれでよかったのだ。

 が、実はよろしくないらしいので年ごとに制度を変えていく文部科学省。
 ついにはセンター試験という懐かしい名称まで復活させる始末。その名義変更にかかる予算があるなら大学運営の資金にもっと回してくれませんかねえ。

生きた英語の授業(90分)を叩き込まれる

 そういった「お受験マシーン」として入学されても論文読めません書けません海外の研究者と接する事ができませんでは困るので、大学は外国語の講師にネイティブスピーカーを積極的に採用していた記憶がある。

 授業は始まりから終わりまで全部英語。課題やテストのお知らせも英語。

 いや聞き取れないのにナチュラルスピードで質問されても何聞かれているのかわかんないし、テストも課題も後で同じクラスの友人からかき集めて情報を再現するしかない。

 こう書くと授業というよりスパイ活動のようですが、本当に授業から得られる情報量が少なすぎるので収集して突き合わせて教師が言いたかった事を再構築する過程は似てない事もないです。

ネイティブ教師の英語科目98%脱落

 そんな私たちも入学当初は夢があった。シラバスまで英語を貫き通すネイティブ講師の授業紹介を真剣に読み、

「日本人が聞き取りで弱い所を集中的に訓練します」

などと書いてある授業が申込者で満員になる程熱意をもっていた。

 が、熱意があればチャーハンをキッシュパイにできるというものでもない。初めての授業で登場した講師はそもそも自己紹介からして「ぼくたち/わたしたちの知っている英語」とは違う英語っぽいものを早口でしゃべり何を言ってるのか全くついていけなかった。ちなみにその授業、帰国子女の友人も受講していたのだが現地のようにふつーに喋ってるのを聞いても私には意味ないやんみたいな事を即教師に相談し、軽く会話してみて

「ん、あんた俺の授業いらねえわ。出なくても優にしとくから」

という田舎の高校生ではついていけないスピード感に全くついていけなかった。質問されても何聞かれてるのか誰も答えられないであーとかうーとか言ってるうちに教師が諦めて次の人間を指名しまたあーとうーの繰り返し。

 これで90分が終わるんである。分からん事を分からんように聞かれてそれに答えるのが楽しーなんてやつはいない。

 確か一年二クォーター制だったと思うが、第一クォーターでは教室は満席だったのに(約50名)第二クォーターが始まって同じ授業の続きを選択したのは私を含めて3人しかいなかった。ガチで。
 私は「嫌な授業だったら他の授業を受ける」という当たり前の発想ができなかった可哀そうなタイプで、もう一人は私の友人だったが思考が私と同じパターンという実に友達がいのあるやつだった。
 残り一人は「授業が面白かったから」続きを受講したという変質者だった。

 まあそれくらい、ネットもサブスクもYouTubeもなかった時代に英語に親しむのにはコストがかかる時代だったのだ。

 収入のほとんどを留学費用の貯金に回している私にそんな教材を買う余裕も買って使う暇もなかった。

「英語で学ぶフランス語」とセクシー教師

大学では語学は二か国語がほぼ必須やで(マスターしろとは言っていない)

 さて、若者世代の半数が大学進学する現代だが大学では大抵の学部で英語以外の言語を

「第二外国語」

として学ばなければならなかった。そりゃ英語文化圏だけで研究がされている訳でもないので紀要ぐらいさっさと読めた方がいい。
それはわかる。

 が、ここでも語学部の半数を占めるネイティブ講師がやってきて

「英語でフランス語の文法や簡単な会話を教授する」

というもう訳の分からない事をし始めるのだった。会話の小テストもあり、講師と一対一でフランス語の会話をするのだがそもそも授業自体があんまり分からない上に簡単な文章の意味や発音までマスターしろというのは無理筋もいい所である。

 おまけにゲイ¹という噂のある講師は発音が良くなかったりもごもごしていたりすると
・顎を鷲掴みにして「こう口を動かすんだよ!」と無茶を要求したり
・「もっと顔を動かせ!」と顔を揉みしだく変質者で男子生徒には忌み嫌われていた。
ちなみに女子生徒がこれをやられている所は見たことが無かった。

 幸いというか、もう一人のネイティブ先生はフランスの上品なおばあさんという感じでゆっくり話してくれる事もあり

「授業がわかる」

という素晴らしい長所を持っていた。

英語でフランス語の文法を説明されるのと日本語で説明されるのは同じ。わからん。

 検索するのは以前一回やったのだが忘れてしまい、今から調べなおすのもめんどうなのでスルーするが、英語なんかは

「英語ネイティブじゃない学生に英語で英語について教えるメソッド」

 というものがちゃんとある。英語にできてフランス語にできないという事はないだろう。フランス語でフランス語を教われば授業中に触れるフランス語の量は倍になる。もっとも、女性名詞とか男性名詞とか動詞の過去活用なんて単語、日本語でもよくわからないのにフランス語で説明されたら更に訳がわからなくなるだけか。

 フランス語の教師には日本人もいて主に文法の授業を受け持っているのだが、まあこれが分かりやすい事。毎日胃カメラ飲んでる患者が経鼻でカメラを入れた時のような感動が味わえる。

 逆に言うと外国語に同じように親しめるくらいでないと「得意です」なんて言えやしねえ。

ズルなのか力のむだ遣いなのか

 こうやって私の語学力の無さを何文字かけて表現すればいいのか自分でも終わりが見えなくて困っている。
 
 まあ、バイトを週に13とか14とか入れていたので全く勉強の為の時間が取れなかった私はリーディングの範囲も読んでおらず仏語文法の基礎すら頭に入っていなかった。

 そこで光るのが逆転の発想である。
 カンニングではない。仏語文法のテストで一人カンニングが見つかって強制連行されていたのは見たが。

 つまり、理解して答えられるようにする時間がないのなら、リーディングなら範囲全部の和訳文を、仏語文法なら試験範囲に入れるとアナウンスのあった教科書の章末問題とその答えの全部を丸暗記してしまえばいい。理解するより丸暗記する方が速いと判断するあたり、追い詰められた狂人の発想という気もするが、私はコンビニ夜勤に作成した暗記内容のコピーを持って入り仕事はほぼさぼって7時間くらいかけて全部暗記した。

 テストの、いや講義の評定は5段階評価のうちの4であった。

 こんな糞みたいな勉強しかしていない人間が海外で語学とガチ張れるものだろうか。
 今の自分から見るとめちゃくちゃな理屈で動いてる所ばかりである。

 日本を発つ時の私の語学力はこういうネイティブ講師にビビりまくるレベルであった。

 注¹)「ゲイ」という表現は当時の社会、文化を反映しているものとして無修正で記載しております。

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コメント一覧 (1件)

  • 読み返して思ったのは
    「大阪大学は入学者は英語の講義についてこれるレベルの基礎学力を有しているという前提に立っていた」
    という事ですね。
    ただ、当時の学習環境の問題もあり「oral」な英語には皆不慣れであったのです。

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